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7月7日はウソ!?旧暦の七夕って知ってる?【月の暦・太陰暦】

旧暦の七夕とは、太陰暦での7月7日に行われる伝統的な祭りで、現在のグレゴリオ暦ではおおよそ8月上旬から下旬にあたります。七夕祭りは、天の川を隔てて暮らす織女星(ベガ)と彦星(アルタイル)が、年に一度だけ会える日とされています。

もくじ

今の7月7日は七夕ではない

現在の七夕は7月7日にありますが、なぜこんな梅雨の空が見づらい時期に星を見るイベントがあるんだと思ったことはありませんか?

実はこれにはカラクリがあります。 昔の日本は太陰暦といい月の満ち欠けで年を数えていました。太陰暦は現在使用されているグレゴリオ暦と数日以上のズレがあり、その結果、現在の7月7日は昔の7月7日とは違うのです。

昔の七夕は晴れていた

日本以外でも中国を始めとする東アジア地域で、同様の伝説や祭りが存在しており、月の暦に基づく祭りとして広く知られています。

それでは、太陰暦について具体的に見ていきましょう。

太陰暦は、新月から次の新月までの約29.5日を基にした暦で、このため月の満ち欠けに合わせて日付が進むのが特徴です。

それに対して現代で主に使われているグレゴリオ暦は太陽暦で、地球が太陽の周りを一周する365.24日を基準にしています。

太陰暦は、月の動きが直接観察できるため古代の人々にとって時間を計る上で非常に合理的な方法でした。例えば、日本の古代では農作業のタイミングをはかるために太陰暦が用いられました。

しかし、太陰暦と太陽暦では一年の日数が異なるため、月の暦を使い続けると四季がずれてきてしまいます。これを解決するために、一定の年数ごとに余分な月(閏月)を挿入して調整する「太陰太陽暦」が生まれました。

旧暦の七夕は、その名の通り太陰暦の7月7日を指しますが、太陰暦とグレゴリオ暦では月のずれから、旧暦の七夕は現在の8月上旬から下旬になります。このため、一部地域では「本当の七夕」とも呼ばれ、独自の行事として現在も行われています。

これが七夕の日が雨か曇りで見えない梅雨の時期になってしまっている理由です。

簡単七夕ストーリー

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昔々、天の川の両岸に、牽牛星(彦星)と織女星(織女)が住んでいました。

彦星は大地を耕す精力的な若者で、織女は美しい布を織る巧みな織り手でした。

二人は初めて目が合ったときから、互いに強く引かれ、真実の愛を育てました。

しかし、天の川を隔てた二人は、なかなか出会うことができませんでした。

それでも彼らの愛は深まり、ついには天帝である織女の父もそれを認めることとなりました。

それから、彦星と織女は年に一度だけ、七月七日の夜に会うことが許されました。

しかし、天の川は大きく、彦星は船を持っていませんでした。彼は渡ることができず、心から泣きました。彼の悲しみに心を動かされたからすたちが、大きな群れを作って彦星のために橋を作りました。

その橋を渡り、彦星と織女はついに一緒になりました。その短い時間の中で、二人は愛を深め、お互いのために祈りました。そして彼らが分かれるとき、また一年待つために力を集めました。

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これが七夕の一つの物語です。この物語は日本だけでなく中国やアジアでさまざまな形で広く広まっており、物語も少しずつ違います。

また太陰暦は月の満ち欠けからその年月が決まっていました。そのおかげで太陰暦の7月7日は必ず半月になっています。その半月を月に見立てて天の川を渡る船にした。という物語も残っています。

日本に残る旧暦の七夕

旧暦で日本の七夕を祝う場所は各地にあります。

例えば京都市の北野天満宮では、「旧暦の七夕」に合わせて毎年「北野の七夕」が開催されます。北野の七夕は、およそ8月初旬から下旬にかけて行われ、竹飾りや短冊飾りなど、伝統的な七夕の風情を現代に伝える大切な行事となっています。

宮城県の仙台七夕祭りも、旧暦に基づいて開催されています。一般的な七夕のイメージと異なり、仙台七夕は8月に開催され、豪華な装飾の笹飾りが街中に並び、観光客にとっては一大イベントとなっています。

これは仙台藩主の伊達政宗が、城下町の発展と市民の精神的豊かさを願って始めた行事が起源とされています。

これらの行事は、古代からの暦の知識が現代まで受け継がれ、伝統としての祭りが存続している素晴らしい例です。

【まとめ】

太陰暦を基にした行事が現代でも残っている一方で、日本では明治時代以降、公式な暦としてはグレゴリオ暦(太陽暦)が採用されるようになりました。これにより、四季の移り変わりと暦が連動するようになり、農作物の育成や季節のイベントの計画などがしやすくなりました。

ただし、太陰暦の伝統を持つ行事も多く残り、そのタイミングは現代の暦とは異なるため、日本では「旧暦」という言葉が使われることがあります。これは、太陰暦に基づく伝統的な行事や、古い言い回しを指す場合によく使用されます。

総じて、太陰暦は古代人の知恵と観察力の結晶であり、現代においてもその影響は色濃く残っています。また、旧暦に基づく行事は地域の風土や歴史を反映しており、その地域性を理解するための大切な手がかりともなっています。

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